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2012-06-16

沖縄のKちゃん

国際通りで鹿児島から一人旅をしている子ナンパをして、

レンタカーを借りてドライブしたKちゃんのブログを見た。

そこには僕との出会いが書かれていた。

一部を短縮して抜粋



御菓子御殿を見た後は見慣れた国際通りを歩きながら、あぁもう国際通り庭だわと思いつつ、やっぱり那覇から脱出しなければ…なんて思いながら歩いてたら

「すいません。沖縄の人ですか?」といきなり声を掛けられた。

これが私の運命を変える出会いだった。

話しかけてきたお兄さんも1人旅をしていて、日本1周していて沖縄で47都道府県制覇したそうです。

しかし、沖縄は那覇しか行ってないそうで、首里城と国際通りくらいで国際通りが庭化しているというような話をして。このお兄さん私と同じ状況だ。

しかも明日の夜には帰るそうで。初めての沖縄で那覇だけでこれが沖縄だと思って帰るのももったいない。←私も似たような状況だが(泣)

出会って数十分で「レンタカー借りて沖縄どっか行ってみない?」と言うことで話はあっという間にまとまり17時にはレンタカー屋さんにいた。ここはさすが那覇。何でもすぐ近くにあるしかも偶然にも泊まってるところがかなり近いとこだった。

私たちの沖縄24時間の旅は始まった。

沖縄と言うことでまず、海に行きたい。時間が遅かったので今日は南部を回って明日北部へ行こう。と言うことで南部に向かう。

那覇の一番近い海を聞いて豊見城(とみぐすく)市にある瀬長島に行った。

沖縄は城を「ぐすく」と読む。これかっこいいなと思う。

ここ前に来たことあるとこだ。ここから空港が良く見える。頭の上を飛行機が飛んでいく。

さらに南に南に行き、ぐるっとまわって那覇に戻ったんだけど南部は戦争激戦区だったところ。

南部にひめゆりの塔とか平和祈念公園とかある。さすがに時間が遅かったのでどこも開いてなかったけどひめゆりの塔は入り口だけ見てきました。

南部はすごく静かなところでした。新しい今風の家と昔ながらの赤瓦の家が混ざっている田舎だった。初めて沖縄らしい。と感じた。ここに来て良かった。そう思った。

そして次は北部に向かう。最初最北端辺土岬を目指していたが遠かったので途中で辞めた。

海中道路のある古宇利島に向かった。海に入りたかったのだが天気が雨が降ったり曇ったりといった感じ

北部に向かって初めて沖縄のお墓を見た。(沖縄のお墓は内地と違う)中部や南部の方は基地や戦争で多くのお墓は無くなってしまったのだろうか。お墓を見ることってなかった。

古宇利島は結構急な坂になっていて、目の前には海が広がっている。

時間がゆっくりというよりは止まっているように感じた。なんか不思議な感じ。

よく沖縄は外国みたいだ。と聞くことがあるが、ここにいると内地のことを日本という外国に感じた。

南部の田舎とはまた違う。沖縄には離島が多い。きっと島それぞれ独特なオーラがあるんだと思う。

古宇利島の海に入った。ほぼプライベートビーチ不思議と海に入った時だけ晴れてくれました

その後お兄さんがHYのファンだということでうるま市に行って来ました。その後はずっと雨。ほんと海に入った時だけ晴れてくれました。

帰り道の駅かでなで嘉手納基地を見たかったのだが時間が無くてそのまま那覇に向かいました。

現実に帰っていく。24時間の旅は終わっていく。見慣れた那覇に戻ってきました。那覇は蒸し暑い。

今回の旅は突然始まって行き当たりばったり状態だったけど事がものすごくスムーズに進んだというか、旅の価値観がすごく似ている気がしました。

「私たちって24時間前は全くの赤の他人だったんだよね。」

レンタカーを返して国際通り行って「昨日の続きだね。」と。

お兄さんはそのまま空港へ向かいました。そして私はゲストハウスに。


お兄さんとの別れ。そして、自分の沖縄生活ももう終わりに近づいてるんだな。という思い。

私は沖縄で初めて泣いた。

今まで何度も何度も出会いと別れを繰り返してきた。出会いがあれば別れがある。別れに慣れたというより、いずれ別れが来るのだから深入りしない。という思いが私の中にはあった。久しぶりにこんなに別れが寂しいと思った。

沖縄のイメージがものすごく変わりました。私が見たかったのはこういう沖縄だった気がする。

沖縄は不思議な何かがある。そう感じた沖縄の旅だった。
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