2011-09-14

友人の命日…

東京から千葉の実家へ昨日帰省

今日中学の時に亡くなった友人の命日

十数年前の今日、幼稚園からの友人は自らこの世を絶ちました。

中学の体育際で組体操が一緒で、
体育際が終わって3日連続で2人で遊びました。

一緒に遊んだ3日目の夜、彼は何も言わずに自らの命を絶ってしまった。


最後の別れ際の友人は数時間後に自ら命を経つようなそぶりは微塵もなかった。


亡くなる前に、一番最後に会ったの僕でした。

組体操をやったリアルな温もりが残っている中、
亡くなったことは当時は信じられなかった。


あの時、なんで僕に相談なしに逝ってしまったのだろう?

その悔やみがずっと残り、彼が亡くなって1年目の時にお墓参りに行ったきり、
高校に入ってから、今までず~っっとお墓には行けませんでした。


十数年経って、命日が近づいて大人になったのか、
色々な決別の意味も込めてお墓に行くことにしました。

たかがお墓参りかもしれない…
でも僕にとってお墓に行くのは、相当な決心があった。


今彼に伝えたいことはなんだろう?

君がいなくなってから、どの位の月日が流れたのだろうね~

君に教えてもらったタバコはもうやめたよ…

君が大好きだった、Bzやラルクは今でも活動しているよ…

君にもらったSPEEDのCDは今でも実家に残っているよ…

体育際のビデオは実家にあるよ、応援団をやった君の勇士はしっかりと映っているよ。
まさかこの2日後に君がいなくなるなんて思いもよらなかったどね…



そして

十数年ぶりに彼の墓に訪れました。

入り口を入り足を踏み入れるとき、自分は緊張感していた。



だけど、探せぞ、探せぞ、彼の墓はそこにはなかった。

確かにここにあったはずだ、一つ、一つのお墓を確認したが、結局見つからなかった。


そういえば当時、お父さんと一緒のお墓に入ると聞いたこと思い出した。

別のところへ移動してしまったんだね…


彼の親戚の家にも行きましたが、そこには今はもう別の人が住んでいました。

残念だけど、仕方ないね。

もう残っているのは昔の記憶と思い出しかない。


人間は死んだらどうなるんだろう?

無になるかもしれないし、魂は生き続けるのかもしれない。


生まれた以上、人間は生きる続けることが使命だと思う。

どんな理由があろうとも自殺だけは絶対にしてはならない。

自殺をしてしまったら、悔いることすらできないから。


生きているってことは可能性があること。


やりたいことは、今できるうちにやっておこう。

生きて会える人には、今会っておこう。

生きて伝えられることは、今伝えておこう。


生きていることは
可能性があり、自由であり、素晴らしいことなんだね!
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