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2017-09-26

光輝くクズになれ!

気がついたら前回の記事から半年が過ぎてしまった。

偶にでいいので気が向いたときでいいので更新してくださいという嬉しいコメントがあった。

コメントをくれた方は2009年頃から僕のブログを見てくれていて、第2章まで見てくれていたらしい。

今回は第2章のその後、墜落したスーサンのことを書こうと思う。

そして今日は亡くなった友人の命日だ。

9年前に度々このブログに度々登場したクリリンという僕の高校の頃からの友人。

訃報を聞いたのは5年前、僕がまだ海外で生活をしている時だった。

生憎海外に居たので当時僕は彼の葬式に参加することは出来なかった。

彼が何故亡くなったのか死の真相もよくわからないまま1年が過ぎ、海外生活を終えた。

亡くなって1年半位は毎日彼のことを考えて悔やんでいたかな。

彼の死の真相を知ったのは1周期の時だった、彼は色々あって自ら命を絶ってしまったのだ。

一番辛かったのは日本に帰国してからだ。

青春時代の殆どを彼と過ごしたこの街には彼との思い出が詰まり過ぎていた。

日本に帰国して半年位してからかな、僕は少しづつ親や兄弟、地元の連中と距離を置き、東京に住んでる女の家に転がり込むようになり地元を離れるようになった。

距離を置いた理由は、帰国後3ヶ月してから僕は個人事業主として起業したのが、周りの反応は俺が怪しい仕事をやりだしたとか、親兄弟は就職してほしい、起業なんかしても上手く行く訳がない、考えが甘いと、考え方の対立だ。

まぁ海外に行った時も同じ反応だったし、今に見てろよと思いで本気なっていたので、起業の出だしは順調だったのだが…

起業してちょっとしてから、俺は海外で出会った彩という女に惚れ込んで本気で恋をしてしまった。

何故彼女に本気で恋をしたのかというと、正直自分でもよくわからない。

海外に居たときは毎日が自由で4人の彼女に恵まれて、好き放題やっていた。

ただ日本に帰ってきてどうだ、自分の想像していた現実と違うじゃないか、俺は今何をやっているんだと自暴自棄になっていて、海外にいた日々が懐かしく感じていたのも事実だ。

日本に帰ってからもしばらくは4人との関係が同時進行で続く、

香港の彼女とは3ヶ月位して別れを告げられたが、なんのこっちゃなかった。
②その後海外に居たペニーというの彼女とは関係半年以上関係が続いたが自分から消滅させた。
③日本に居た彼女とはそのまま関係が続き←今の妻にあたる。
④本気で恋をした彩という女

1ヶ月位は毎日LINEでやりとりをしていた。

海外に居るときは遊びのつもりだったけど、気がついたら④の彩に本気で恋をしていた。

2013年の12月頃寒い冬の夜 僕は彩に今一緒にいる彼女とすぐに別れるから日本に来いと言った。

お金の心配は何もいらない、一緒に暮らそうと。

だが向こうには既に新しい男がいて、日本には行けないと言われた。

Skype越しの彼女の顔が涙腺で見えなくなる前にバイバイした。

その後ショックを通り越して完全に無気力になった、自分が何をしていいかもわからない、ただただ悔しかった。

当時は去年亡くなかった祖母が入院していた病院に行き、母親からアンタ様子がおかしいけどどうしたの?と聞かれ情けない話だが、いい歳こいて母親の前で堪えきれず涙を流してしまったのだ。

あの時初めて失恋をして泣いたかもしれない。

居ても立ってもいられない辛さ、自ら命を絶ったクリリンの気持ちがわかったような気がした。

恋しく、恋しくて仕方がなかった、そしてただただ現実から逃げたい。

そして病院に行った後に東京に住む③今の妻にあたる彼女のところへ行って、海外に居たとき、遊びで付き合っていた女に恋をしてしまい、東京で一緒に暮らそうしていたこと、4股していた事の真相を全て話し別れようと伝えた。

意外にも今の奥さんは寛容で涙を浮かべながらも、彼女が居なくても私がいるから大丈夫、このまま一緒にいようと言ってくれたのだ、次の日2人で高尾山に上り清めに行ってきた。

ここから…普通ならば心機一転して頑張ろうとなるはずなのだが、現実はそうはならなかった。

(今の奥さん)彼女との関係が続くも、俺は彩のことを忘れることが出来ず、この失恋をキッカケに起業して起動に乗り出したていた、自分の仕事をあっさりと全て投げ出してしまったのである。

無気力で何も何もヤル気になれず、実家を離れ、そのまま彼女の家に居候ヒモ生活がスタートした。

毎日昼夜が逆転して、ひたすらAVをリサーチする作業をやっていた。

そして、僕は以前AV女優とセックスするのが夢だとブログに書いたことがある。

そのリサーチを繰り返している時に、過去にナンパして最後までヤッた女がAVに出ていたのである。

意外なところで自分の夢が実現していたとは。

彩のことはなんだかんだと約9ヶ月位は引きづった。

忘れるキッカケになったのは海外に居るときに、彩と3人でよく遊んで親友だと思っていた海外の友人が、日本に遊びに来て、ホテル代が高いから泊めてほしいと、急に彼女と同性している部屋に転がり込んで来た。

俺は無職ニートだし、時間がタップリあるから、毎日彼に付き合ったし、金はないけれど、なるべく奢るようにしたし、

8畳の部屋に3人大の字になって寝て最初は嬉しかったんだけど、2週間位して嫌気がさして来て、

徐々に喧嘩するようになり、最終的には愛想が尽きて、その友人とは2度と関わりたくないと思った。

詳しい内容は割愛するけど、2週間も居候して部屋が狭いだと、ニートの言うことは尊敬できない等、俺の心の中までも散らかして帰っていった。

それから、俺は海外の生活は夢の中にいたんだと、急に夢から冷めたのだ。

次第に彩の気持ちが少しづつ離れていった。

気持ちも徐々に立ち直ってきて、少しづつだが、俺は単発でアルバイトをするようになり、もう一度やりなおそうと思った矢先

天罰が下り、2015年の年始めに僕は事故で全治半年の大怪我をして手術することになってしまった。

ヒモ生活で無一文で、高額な手術費用どうすんだ?

その時、この現実から消えたいと思った、布団の中に潜り込み眠った。

こーゆう時に人って自殺をするんだな。

ただ意外にも俺は立ち直るのが早く、目が冷めたらもう一度頑張ろうという気持ちになった。

手術費用もすぐに実家に戻って年金生活の親に頼みんで借りてなんとかった。

ただ半年間のリハビリが必要で、その間も仕事も出来ないし、ニート生活の延長が続く。

手術は成功し、リハビリも終わったが、その怪我は実は今でも後遺症が残っているし、この先も一生残る。

こうして、約1年半のヒモ生活にピリオドを打ち、2015年の夏また一からやりなそうと決意を決めたのでありました。

リハビリが終わり、半年位アルバイトをして、就職し、2度と着ないと決めていたスーツをまた着るような日々が続く。

そして2017年、同棲していた彼女と結婚しました。

結婚については特に話すことはありません。
話したくなったら話します。

思い返せば、帰国してからは恐ろしいような転落劇だった。

2013年 帰国、起業、失恋
2014年 無職、ニート 
2015年 後遺症の残る大怪我、手術、再出発
2016年 アルバイトを辞めサラリーマンに戻り再びスーツを着る日常
2017年 結婚  

スーサンはサイヤ人 第三章の転落編 いかがだったでしょうか?

人生は何があるかわからない、3年前位前に新宿を歩いてたところ、AV男優のしみけんとすれ違った。
急いでUターンして、しみけんに声を掛けて持っているノートにサインをしてもらった。

ノートには光り輝くクズになれ!と書いてくれた。

なんかカッコイイ言葉だなって思った。

後年この言葉がしみけんの本のタイトルにもなった。

スーサンはサイヤ人でも何でもないスーツを着た普通の人間になってしまい、
もはや過去の人になってしまったが、僕はこれからも目指していく、僕の中の光り輝くクズを目指して。

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