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2012-06-30

3日目

今日は宿泊していたゲストハウスを出て、

これから自分の住むマンションへ行きました。


行く途中、荷物が多いのでタクシーで行きました。

ここでも、またもやボラれました。

タイワンの首都だから高いのかと思ったけど、後で聞いたら倍近くボラれているとのこと。


治安がいいと言われているタイワンで、こんかことがあるんだから、

日本がいかに安全かがよくわかる。


今後タクシーには絶対に乗らない、値段が表示されていないものは絶対に買わない。


今日は15人くらいに声を掛けました。

看板の前の芸能人を指をさして「這個名子?」(この名前?)

この人の名前はなんですか?と伝えました。

後は、プラモデル屋でガンダムを見ている人に
「你是喜歡GANDAM媽?」(ガンダムは好きですか?」と話掛けたりしました。

中々通じないね。

明日も頑張ろう!
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2012-06-29

2日目

タイワンは30度を超えて蒸し熱い、紫外線タップリでお肌にもよくない。

UVカットの日焼け止めを買わないといけない。

今日はに電子辞書を買いに行った。

日本で買った電子辞書は、中国向けに作られているので、タイワンとは若干違う。

日本語も対応しているタイワンの電子辞書を買いに来ました。


語学は机の上だけでは覚えられないと思う。

沢山話すことが必要だ。

ナンパはまだ無理なので、わからないことを聞くことからはじめました。

今日は電子辞書が売っている場所を聞く。

「不好意思」すいません
「請門一下」ちょっと質問してもいいですか?

後はわからないから、事前に調べてノートに書いた漢字を見せ、教えてもうら。

おばあさんが親切に近くまで案内してくれた。

辿り着いたのが、何故か日本の100均のダイソーでした。


諦めず、人に聞いて探し続けました。。

若い女の子に「タイワンの電子辞書を買いたい」
と伝えるつもりで、日本で買った電子辞書を取り出しました。

没有!没有!(いらない)と言われる。

日本で買った電子辞書を売りつけられると思われたようだ。


まだまだ諦めずに聞きました。。。

大学時代に日本語を勉強していた人に、店の名前と場所をノートに書いてもらいました。

この人と20分くらい筆談でやりとりした。

一応連絡を教えてもらいました。

店の場所を探し、猛暑の中歩くこと20分。

到着した店はジュンク堂のような大型の書店でした。

書店に電子辞書が売っているか疑問に感じ、

ノートに書いてもらった店の名前を、他の人に見てもらうと、確かにこの書店だと言う。

とりあえず、店員さんに漢字を見せて案内されたが

電子辞書ではなく、本の辞書コーナーでした。

ダメだこりゃ。。。。


何人かに聞いたけど、言葉が聞き取れない。

流石にめんどくさくなったので、今日は諦めました。

猛暑でフラフラになった。


帰りに市場で日本語で話しかけられて、マンゴー買ってしまった。

果物一個10元~20元くらいが相場だが、600元も請求された。

普通より高い店なのかと思って、そのまま買ってしまい、後でボッタだと気づいた。

何やってんだ俺は!

タイワンにも悪い奴はいる、今後気をつけよう。


タイワンには悠遊カードといって、suicaのようなものがあります。

チャージしたつもりだったが、バスの中で残金がなくなった。

チャージがちゃんとできていない、お金もチャージに機入れたままだ。


今日は思わぬところで沢山の無駄遣いをしてしまった。


普段はあまり考えこまないんだけど、流石に今日は、この先が不安になった。

日本人同士で固まるのがわかる気がした。

だけど僕は一人で地道に頑張るよ。
2012-06-28

初日

昨日の夜、彼女が仕事が終わってから実家に来てくれた。

明日は見送りをしてから、仕事に行くとのこと。


出発日当日

僕は興奮で一睡も出来なかった。

彼女と家族が空港まで見送りに来てくれた。

兄貴が別れ際に「これで弁当でも買えと」諭吉の小遣いを数枚くれた。
嬉しいような悲しいような何ともいえない。

僕は家族の愛情は今まで十分受けているのはわかっているけど、形がある愛情は照れくさい。

僕が見えなくなるまで、みんな見送ってくれた。


飛行機に乗っているとき、本来ならば不安になるはずだ。

だけど、不思議と不安がなく、ワクワク感の方が強かった。

これから何かが起きる予感がする。

タイワンに到着、ゲストハウスへ

ゲストハウスの受付で言葉が通じず困っているところ、

22歳の中国語ペラペラの日本人の学生に助けてもらいました。

その後はゲストハウスで出会った日本人の学生達と市内をブラブラした。

ヒヤッとしたこともあったけどなんとかなるもんだ。

タイワンの都心の規模は流石に日本よりも小さいし、

タイワンに来ている日本人の学生達はタイワンで特にすることがないようだ。

学生達に明日、日本人の合コンに誘われましたが断りました。

僕はタイワンに来ている。

タイワンに来て、日本語を話しているようではタイワンに来ている意味がないのである。


今日何人かの学生に会ったが、みんな中国語が難しいとぼやいていた。

みんな寂しさを紛らわす為に日本人のグループを作って毎日会っているようだった。

中にはタイワンにいるのに、タイワン人の友達が一人もいないという人もいた。

これは凄くもったいないと思う。

僕はタイワンに居る間は日本人と会うのをなるべき控えて、多くのタイワン人と会おうと思う。

僕は明日から道聞きから始めて、少しづつ語学を学習して行こうと思う。

2012-06-27

いよいよ

明日の4時に家を出て7時にフライトする。

まだ何もわからない。

言葉が喋れないのに本当にやって行けるのかな?

どうなるのかはわからない。

このまま流れてみよう。

28.29はゲストハウスに泊まる。

30日から彼女のお姉さんが住んでいたマンションを借りて

一人暮らしをする。


向こうのネット環境もわからない。

次はいつ更新できるかな。
2012-06-26

未来の自分

出発の日が近づいて来た。

40時間後に向こうに居る。

なんだか実感がない。

一人暮らしをはじめてして実家を出るときの感覚とはまた違う。

一人暮らしをしたときは、まだ若かったから不安もあった。

今はこれまでの経験値があるからさほど不安はない。


旅先で出会った子達の大切な写真がパソコンのエラーにより消えてしまった。

全国旅した二度とない青春の写真が消えてしまった。

復旧させようと頑張ったけどダメだった。

残念だけど、仕方ないね。

心の思い出に留めておこう。


これからどんなことがあるんだろう?

日本でやりたいことは、全部はとは言い切れないけれど、それなりにやったと思う。


高校生の頃の自分が、今の自分に会ったらなんて思うだろう?

今の自分を見て、丸くなったなって思うだろうね。

海外に行く?馬鹿じゃないって思うだろうね。


高校生の自分にもし会ったらならば

「君はこの10年で色々な経験をして、価値観が変わって普通じゃない大人になるよ」って伝えるだろう。


果たして10年後はどうなっているんだろう?

10年後の自分に伝えるとすれば、

「今の僕が精一杯やれるだけのことをやって、君をもっと魅力的にさせてみせる」

10年後魅力的な自分であるために

今を生きる、今を精一杯頑張る、やれるとこまでやる。


僕は楽しみたい。

色んな国へ行きたい。

見たこともない景色を見てみたい。

色んな女の子をもっと知りたい。

魅力溢れる大人になりたい。


このブログの第3章のスタートだね。
2012-06-25

幼馴染だった女の子

今日、以前ブログに書いた幼馴染の子が会いに来てくれた。

全国巡ったら、会いに行こうと思っていたけれど、先送りにして会わずにタイワンへ行こうとしていた。

ありがたいことに向こうから子供を連れて会いに来てくれた。

会うのは何十年ぶりだろうか?

会った瞬間にお互いにハッと驚いたような表情になった。

彼女は立派な女になっていた。

昔は背がデカイ女の印象しかなかったけど、スタイルのいい美人な女になっていた。

彼女は育児で休職中だけど、仕事は小学校の学校の先生をやっている。

もし、仮に彼女が中学校の先生だったら、間違いなくオカズにしているだろうね。

その位いい女になっていた←どんな女やねん

僕の印象も、色白で可愛らしいイメージしかなかったみたいだ。

その子に小さい頃、マルコメ味噌というあだ名を付けられたような気がする。

お世辞かもしれないが、カッコよくなったっと言ってくれた。


残念ながら、僕の両親が沢山話してしまい、あまり話すことが出来なかった。

現在彼女は妊娠中で来月2人目が生まれるらしい。

今度会ったら落ち着いてゆっくりと話がしたいね。
2012-06-23

すべらない話

テレビですべらない話がやっている。

オープニングだけ見て、後は見なかった。

準備に忙しく、見てる時間がない。

じゃぁ何でブログ書いてるんだって話だよね(笑)

お笑いブームになってかれこれ何年経つんだろう。

10年まではいかないけれど、それに近いくらいの年月が経つ。

お笑いブーム真っ盛りのころ、よくお笑い番組見て笑いを研究しろ言われた。

それこそ、すべらない話はよく見ろと言われた。

笑いは人によって、ツボも違うし、笑いの答えなんかないと思う。

僕も当時純粋だったから、エンタの神様の見てネタをメモして研究した時期もあった。


だが今思うとハッキリ言ってあまり役には立たなかったと思う。

テレビに出ている芸人さんは洗練されている。

芸人さんと一般人が同じことを言っても全く違うのだ。

それぞれに芸人さんの洗練された色があるからだ

一般人が中途半端に真似をしても、痛い思いをするのがオチだ。

以前よく一緒にナンパしていた人で、お笑いを研究していて面白い人もいた。

その人はもともと笑いのセンスがあったんだと思う。


以前よく飲み会の席でよく一緒になった人は、毎回その人のすべらない話がはじまる。

それがはじまると注目を集めてしまって、せっかくの飲み会がその人の独占会になってしまうのだ。

初対面で面白い話は有効かもしれないが、一番はその人のことが知りたい。


ナンパのネタも昔は研究した。

確かに笑いはとれた、今ではそれほど重要視していない。

今は声掛けのネタ等一切研究していない。

無理して笑いで自分で演じてもしょうがないなと思うようになったからだ。

笑いは大切かもしれないが、ナンパはそれ以外にも沢山着目点があるからだ。

笑いだけに着目点を置くと、後がなくなる。

もともとそんなに面白くない人間が、笑いでインパクトをつけると後が辛くなる。

無理して自分を演じなくていい。

面白い人であれば、自然体の自分を出せば笑いが起きるかもしれない。

作り物の自分なのか?、自然体の自分なのか?

自分に自身がつくと、誰かの真似はしなくていいと思うよになる。

女性はその辺を見抜くのは男よりも優れていると思う。


芸人さんいうのは色んなタイプがいる。

毒舌キャラ、自虐系キャラ、いじられキャラ、二枚目キャラと様々。

それぞれに笑いの役割があり、種類も違う。

芸人さん達は自己分析して、自分のポジションを苦悩しながら探しているんだろうな。

ただテレビは所詮テレビで、日常社会とは違う。


昔偶然ロッチというお笑い芸人に会ったことがあった。

「お笑いは大変ですか?」と質問したら、「芸人は腐るほどおるので、大変です」と言っていた。

本当の意味で自分で、自分がどんなキャラなのかわかるときがくるといいね。

今話したことは全て個人的な持論です。
2012-06-22

バスガイドの女

22歳の頃の話

1泊2日で地元の男女2人で静岡まで少旅行をした。

一緒に旅行した子が遅刻するわ、男に要求はするわで、最悪な空気で始まった旅行だった。

それでも、空気は徐々に回復して旅行は楽しんだ。


帰りは静岡→千葉までの夜行バスに乗った。

その時にハキハキと喋るバスガイドの女の子がいた。

可愛いなと思って、休憩中に話を掛けてみた。

年齢は僕と同じ年で、当時22歳だった。

僕はダメもとで自分の連絡先を紙に書いて、彼女に渡した。

「後で連絡します~ね☆」快く受け取ってくれたけど、社交辞令のようにも感じた。

小旅行した一人の女の子が、その状況を見ていた。

その子は怒った態度を見せて、別れるときも、イライラしたような態度だった。

女のプライドが傷ついたんだと思う。

その後、それっきりで1年位何も連絡がなかった。


連絡先を渡したバスガイドの子はその日すぐに連絡があり、2週間位してから彼女と会った。

同級性で自分よりもしっかりして、背も高くて可愛いし、自分の理想だった。

最初は千葉でデートして、自分の地元へ行って車でドライブをした。

海へ行ってキスをした。

砂場のところで、押し倒されて、僕が仰向けになり、猛烈なキスをされたのは今でもよく覚えている。

そのままホテルへ向かった。

ホテルの中で途中までした。

彼女のアソコを舐めると、もの凄い激臭だったのもよく覚えている。
何故こんなに激臭なのか?まるで千葉駅の便所みたいな臭いじゃないか。

そして彼女が途中で眠いと言い出し、プレイの最中に寝てしまった。

彼女が寝ている間、僕は一人でシャワーを浴びていた。

彼女が起きて、挿入をしようとすると、「今日はここまで!」最後までさせてくれない。

結局、最後までしないで終わった。

彼女を駅まで送るときに、車の中で告白した。

答えはOKで付き合うことになった。

彼女は僕の理想の女性だし、凄く嬉しかった。

それから日を重ねるたびに彼女のことが好きになっていった。

駅前で職場の人一緒に歩いているのを見られて
「昨日随分可愛い子と手を繋いで歩いてましたね」と言われテヘヘとなったりもした。


それからは彼女の仕事もハードワークで中々都合が合わず、会えない。

彼女がバスガイドで茨城へ出張しているときに、僕も偶々茨城にいて会うことが出来た。

彼女はもちろん仕事中だった。

彼女の休憩中に連絡が入り、お呼び出しが入る。

彼女に会ったら、ディープなキスをするぞっと意気込んで、彼女の元へむかった。

会ってから「ちょっとこっちに来て!」人気のいないところへ誘われた。

彼女  「大事な話があるんだけど、私、もう別れたい」
スーサン「…??????」

いきなり過ぎて混乱した。

スーサン「え?、なんだよ、いきなり、ちょっと待ってよ」彼女の手を握った。
彼女  「ごめんね、あの後色々考えたの、私達は恋人の関係じゃなくて、友達の関係でいたい」
スーサン「俺は嫌だよ、俺は絶対に別れたない!」そのまま彼女を抱きしめた。
彼女  「もう、そーゆうことはしたくないから、やめて、離れて」
スーサン「ちょっと、待ってよ、何で別れたいの?」
彼女  「私元彼のことが今でも忘れられないの」
スーサン「そんな、別れた男のことなんか考えてもしょうがないよ、上手くいくはずないじゃん」
彼女  「私の考えは変わらない、私休憩終わるからそろそろ行くね。」


彼女はそのまま行ってしまった…

僕は何が何だか分からない状態で固まったままだった。

別れを切り出すときの彼女はあまりにも素っ気無けなかった…

唐突過ぎて悲しい別れだった。

虚しい…

理想の彼女が出来て浮かれていた自分があまりにも惨めに感じた。

その夜、もう一度彼女に考え直すように連絡をしたが…

素っ気無くて、もう次はないと思い、携帯のメモリから彼女を消した。

その後、二度と連絡をとることはなかった。

イギリスに留学すると言っていたが、その後どうなったかは知らない。

悲しい失恋だった…、しばらくへこんだ。

せっかく彼女のことを好きになったのに、何故だ、俺の何が悪かった。

プライドもズタズタだ。

それから何度か失恋したけれど、歳を重ねるごとに打たれ強くなって、失恋というものをしなくなった。

今後することはあるのかな?

出来ればしたくない、失恋は本当に辛いことだから。
2012-06-22

挫折した時期

かれこてナンパを始めてから10年以上の月日が流れた。

ナンパは今でも楽しい。

こんな自分でも、ナンパがつまらなくなった時期。

挫折した時期もあった。


挫折したときのことを書こう。

二十歳の時のこと。

デパートで地元の友人と中学生をナンパした。

トークを続けていき、女の子がメールを打っていた。

気にせず僕はトークを続けた。

その時、5、6人の中学生の男子集団が現れた。

女の子がメールで男友達を呼んだのだった。

地元の友人はさっさと離れたところへ消えてしまい、僕一人が囲まれそうになった。

すかさず僕も、その場を離れようとした。

中学生達が集団で追いかけて来て、その内の一人が

中学生 「おい!おまえ俺の妹になんか用でもあんのかぁ?」っと言って来た。

スーサン「別に用はねえよ!」っと言い切った。

こっちが大人だとわかったのか、その後追いかけてくることはなかった。

友人は遠くからその状況を眺めているだけだった。


その日の夜…本気でへこんだ。

二十歳にもなって中学生に囲まれている始末。

友人は中学生にビビッて、自分だけ離れて手助けつしようとしない。

車の中で
スーサン「何で自分だけ逃げたんだよ!」
友人  「別に逃げたわけじゃない、近くで待ってじゃん」
スーサン「ハ~(ため息)」

何よりもその場を離れた友人にショックを受けたのだった。

こんなことで喧嘩をしていることさえ嫌だった。

その時、「もう、ナンパなんか辞めようと思った」

それから3年位はストリートナンパはしなかったと思う。

その間は店員ナンパとかよくやっていたけれども…


あの頃は若かった…

これを上手く受け流せるくらいの精神力がなかった。


今はこんなことが起きたらどうかな?

相手にしないだろうし、ショックも受けないだろうね。
2012-06-21

47都道府県完遂

遅れた更新ですが、無事に47都道府県全て巡ることが出来ました。

日本全国でナンパも沢山しました。

日本全国巡ろうと思ったのは2年前です。

仕事をしているときは、いつかやろうと思っていたけど、

お金と時間の関係で中々行動できない日々が続きました。


海外に行く前に思いきった行動が出来て本当に良かった。

海外デビューの前に全国制覇と名目でやってきました。

思い返すと夢のような日々でした。

全国巡って思ったこと、今はネットで検索すればすぐに情報を入手できる時代、

便利だけどそこで得られる情報は簡単過ぎて感動が少ない。

自分の目で見て肌で感じたものこそ大きなめ感動がある。

気になったら自分で現場を見に行く。

わからなかったら直接人に聞く!

そこから新たな繋がりが生まれるのだと思いました。


お世話になった人には感謝の気持ちを送りたい。

旅先で親切に泊めてくれた、ショウさん、アイズさん。


色男さんは全国のスポットや交通手段を事前に教えてくれた。

旅の途中でも、その土地の名物や観光スポットを教えてくれて充実した旅が出来た。

色男さんの力が無かったら、こんなに順調な旅は出来なかったであろう。

本当に感謝しきれない気持ちで一杯だ。


次の目標はヨーロッパを目指します。

まだまだ、世界には自分の知らないことが沢山あります。

世界を知るのはリッチな旅行ではわからない。

だから僕は旅行ではなく、旅をするつもりだ。

僕は平凡な道よりも、デコボコな道を歩いて、色んな経験をして歳を重ねたい。

その他、アジア諸国にも行きたい。

果たして、これが何年先になるのかわからない。

旅をするには金がいる。

旅の金を稼がなければ、ならない。

人生一度切りならば、この世界を全部見てからあの世へ行きたい。

やれるところまでやってみる。
2012-06-21

出発日変更

部屋が見つかりました。

タイミングよく彼女のお姉さんが6月29日に

今住んでいる部屋を出るみたいなので、譲っていただけることになりました。

出発日は24日だったが、28日に変更した。


彼女のお姉さんはアメリカに留学するらしい。

彼女のお姉さんは大学院も出て博士を取得したので、次はアメリカに留学する。

日本では考えられないけど、よくある話らしい。


当初は4月に出発する予定だったけど、見事にタイミングが的中した。


ありがたいね。
2012-06-21

通用しない常識?

ビザを発行したときのこと。

申請書は事前にネットで申請するが、日本語サイトから中国語サイトに飛ぶといういい加減っぷり。
僕は彼女がいたからなんとかなったものの、一人だったら絶対に申請は出来ない。

大使館のホームページにはビザの申請には保険の加入が必要と書いてあった。

どの保険が加入条件なのかは一切明記されていない。

ホームページを見てもよくわかなかったので事前に大使館の方に電話で確認をした。

早口で片言の日本語で「ホケン、入らなきゃダメ!ホケン、ガチャ…、ツーツー」

2回目も電話したときも忙しそうで、すぐに切られてしまった。


僕が入った保険

①個人賠償
アパート等でトラブルがあった場合は一億円まで保証が受けられる。
②障害賠償 
向こうで事故などで、後遺症が残った場合は一千万まで保証が受けられる。

ビザを申請時の大使館の人とやり取り。
大使館の人「ナンデ、コンナニ安いの?」
スーサン 「保険には加入しましたけど…」保険の資料を見せる。
大使館の人「コレジャ、ダメ、治療保険に入ってナイジャナイ、治療に入って来て!」
スーサン 「治療保険は向こうで加入します」
大使館の人「ダメ、ダメ、入ってなきゃビザ渡せない!」


ネットでも調べたが、「治療保険が加入の条件」そんな情報はどこにもなかった。

仕方ないので、急いで近くのJTBに行って、治療保険に加入してきた。

治療保険の金額は1年間で 11万!!!!!!

頭が真っ白になった。

生活費が…

とりあえず治療保険に加入してビザは発行できた。

日本で通用する常識は向こうでは通用しないのがよくわかった。

こーゆうトラブルは今後多くありそうだな。
2012-06-20

価値観

身近な関係でも僕の考えは理解されない。

みんなと同じ価値観でいる必要がない。

それを説得しても理解されない。

僕を心配してくれている。

社会の匍匐に合わせていればうるさいことは言われない。

親としては早く落ち着いて平凡な人生を送ってほしいらしい。

僕は一度しかない人生やれることはやっておきたい。

でも働いていると、そうもいかない。

今が動くとき、今がタイミング、ラインを越えて行けるところまで行く!
2012-06-18

ノープラン

24日に出発をするが、住む場所も決まってない、

言葉も喋れない、お金の両替の仕方もよくわからない。本当にゼロからのスタートだ。

明日ビザを発行しにいく。

果たしてこんな奴が海外でやっていけるのかどうか。

僕は現地に行けばなんとかなると思っている。

家族や彼女、いろんな人から馬鹿だ言われた。

10人中10人馬鹿と言うだろう。

海外は詐欺も多いと彼女に散々言われた。

彼女や彼女の家族に力は借りたくない。

行動を制約されるのは嫌だ。

こんなゼロからの僕が出来ると言ったらナンパしかない。

お先真っ白だけど、とりあえず現地に行ってなんとかするよ。

ここから這い上がったらドラマが生まれる。

いつか、あの時馬鹿な奴だと思ってたけど、

あいつは凄いって言われるような男になりたい。
2012-06-18

忙しい

出発の準備を進めている。

来週にはもう出発している。

ビザの申請、役所の手続き、保険の契約、荷物のまとめ。

会いたい人には全て会えた。

もう思い残すことはなく旅立てる。

本当に今週はバタバタとして忙しい。

旅のブログも更新したいところだけど、忙しくて中途半端になってしまっている。

それ以外にも書きたいことが沢山ある。

書いている暇もなさそうだ。

旅のブログのだけでも更新してから旅立とう。

2012-06-16

沖縄のKちゃん

国際通りで鹿児島から一人旅をしている子ナンパをして、

レンタカーを借りてドライブしたKちゃんのブログを見た。

そこには僕との出会いが書かれていた。

一部を短縮して抜粋



御菓子御殿を見た後は見慣れた国際通りを歩きながら、あぁもう国際通り庭だわと思いつつ、やっぱり那覇から脱出しなければ…なんて思いながら歩いてたら

「すいません。沖縄の人ですか?」といきなり声を掛けられた。

これが私の運命を変える出会いだった。

話しかけてきたお兄さんも1人旅をしていて、日本1周していて沖縄で47都道府県制覇したそうです。

しかし、沖縄は那覇しか行ってないそうで、首里城と国際通りくらいで国際通りが庭化しているというような話をして。このお兄さん私と同じ状況だ。

しかも明日の夜には帰るそうで。初めての沖縄で那覇だけでこれが沖縄だと思って帰るのももったいない。←私も似たような状況だが(泣)

出会って数十分で「レンタカー借りて沖縄どっか行ってみない?」と言うことで話はあっという間にまとまり17時にはレンタカー屋さんにいた。ここはさすが那覇。何でもすぐ近くにあるしかも偶然にも泊まってるところがかなり近いとこだった。

私たちの沖縄24時間の旅は始まった。

沖縄と言うことでまず、海に行きたい。時間が遅かったので今日は南部を回って明日北部へ行こう。と言うことで南部に向かう。

那覇の一番近い海を聞いて豊見城(とみぐすく)市にある瀬長島に行った。

沖縄は城を「ぐすく」と読む。これかっこいいなと思う。

ここ前に来たことあるとこだ。ここから空港が良く見える。頭の上を飛行機が飛んでいく。

さらに南に南に行き、ぐるっとまわって那覇に戻ったんだけど南部は戦争激戦区だったところ。

南部にひめゆりの塔とか平和祈念公園とかある。さすがに時間が遅かったのでどこも開いてなかったけどひめゆりの塔は入り口だけ見てきました。

南部はすごく静かなところでした。新しい今風の家と昔ながらの赤瓦の家が混ざっている田舎だった。初めて沖縄らしい。と感じた。ここに来て良かった。そう思った。

そして次は北部に向かう。最初最北端辺土岬を目指していたが遠かったので途中で辞めた。

海中道路のある古宇利島に向かった。海に入りたかったのだが天気が雨が降ったり曇ったりといった感じ

北部に向かって初めて沖縄のお墓を見た。(沖縄のお墓は内地と違う)中部や南部の方は基地や戦争で多くのお墓は無くなってしまったのだろうか。お墓を見ることってなかった。

古宇利島は結構急な坂になっていて、目の前には海が広がっている。

時間がゆっくりというよりは止まっているように感じた。なんか不思議な感じ。

よく沖縄は外国みたいだ。と聞くことがあるが、ここにいると内地のことを日本という外国に感じた。

南部の田舎とはまた違う。沖縄には離島が多い。きっと島それぞれ独特なオーラがあるんだと思う。

古宇利島の海に入った。ほぼプライベートビーチ不思議と海に入った時だけ晴れてくれました

その後お兄さんがHYのファンだということでうるま市に行って来ました。その後はずっと雨。ほんと海に入った時だけ晴れてくれました。

帰り道の駅かでなで嘉手納基地を見たかったのだが時間が無くてそのまま那覇に向かいました。

現実に帰っていく。24時間の旅は終わっていく。見慣れた那覇に戻ってきました。那覇は蒸し暑い。

今回の旅は突然始まって行き当たりばったり状態だったけど事がものすごくスムーズに進んだというか、旅の価値観がすごく似ている気がしました。

「私たちって24時間前は全くの赤の他人だったんだよね。」

レンタカーを返して国際通り行って「昨日の続きだね。」と。

お兄さんはそのまま空港へ向かいました。そして私はゲストハウスに。


お兄さんとの別れ。そして、自分の沖縄生活ももう終わりに近づいてるんだな。という思い。

私は沖縄で初めて泣いた。

今まで何度も何度も出会いと別れを繰り返してきた。出会いがあれば別れがある。別れに慣れたというより、いずれ別れが来るのだから深入りしない。という思いが私の中にはあった。久しぶりにこんなに別れが寂しいと思った。

沖縄のイメージがものすごく変わりました。私が見たかったのはこういう沖縄だった気がする。

沖縄は不思議な何かがある。そう感じた沖縄の旅だった。
2012-06-14

沖縄最終日

沖縄最終日

昨日は車の中で一夜を明かした。

僕は旅の夜行バスで鍛えられていたからグッスリ寝れた。

Kちゃんは中々寝れなかったらしい。

そして、古宇利島の海で海水浴。

海で泳いだのは5年振りくらいかな。

古宇利島の海は南部の海よりも綺麗だ。

僕は海水パンツは持ってきてなかったけど、

彼女が日焼け防止の為に男物の海水パンツを持っていたので借してもらった。



この4日間沖縄はずっと雨だったけど、泳いでいるときだけ一時的に晴れてくれた。

天が味方をしてくれているようだ。

一時間程泳いでから、うるま市へ向かった。

うるま市では、さっきまで晴れてたのが嘘のように雨が降る。

うるま市でボリュームたっぷりのタコスを食べてから、那覇へ戻った。

楽しい沖縄の旅も、もうすぐ終わる…

旅ももうすぐ終わる、そして新たながはじまる。

レンタカーを借りたときはよそよそしい赤の他人だった。

レンタカー屋の人は僕達を見てどう思っているのだろうか?

スーサン「僕らは24時間前は全くの赤の他人だったし、レンタカー屋の人はどう思ってるんだろうね?」
Kちゃん「おもしろいね」


昨日の続きでKちゃんと国際通りをぶらっとしていると、

初日にナンパした保母さんの子が見送りに行くとメールがあった。

悪いから断ったんだけど、高速で今向かっていると連絡が入る。

予定よりも早めに空港に向かって、Kちゃんとお別れした。

彼女とのドライブは沖縄の一番の思い出となった。

空港で保母さん子と会った、沢山のお土産を持って来てくれた。

本当にありがたいね。

時間ギリギリまで話をして、僕は飛行機のゲートを通った。

これで47都道府県、完全制覇の旅は終わりました。

後は台湾に行く準備をするだけ。
2012-06-13

沖縄3日目

沖縄4日目

今日は昨日の夜寝るのが遅かったせいか、昼に目が覚めた。

昨日食べに行った沖縄料理の店へ入る。

12時から営業となっているが、12時40分に営業していない。

のんびりな沖縄らしいね。

国際通りをぶらっとして、昨日の沖縄料理の店が開いたので、沖縄そばを食べてホテルへ戻った。

シャワーを浴びて、ホテルでゆっくりして、4時過ぎに国際通りでナンパした。

沖縄は那覇だけでは寂しい。

特に何もなく、食べることしか、することがないのだ。

声掛け 4人目

スーサン「今日何か言いことありました?」
女の子 「はい?」
スーサン「沖縄の人ですか?」
女の子 「いえ、違います」
スーサン「観光?」
女の子 「はい、そうです」
スーサン「どこから来たの?」
女の子 「鹿児島から来ました」
スーサン「一人で来たの?」
女の子 「はい、そうです」
スーサン「じゃぁ僕と一緒だね、今全国47都道府県巡ってて、ここがラストなんだ」
女の子 「そうなんですか~、すごい!」
スーサン「せっかくだから、どこか一緒に回ろうか?」
女の子 「そうですね」

しばらく歩いてベンチに座って自己紹介も兼ねて会話した。

名前 Kちゃん 鹿児島から一人旅子

Kちゃん 「那覇だけじゃ退屈しますよね」
スーサン 「そうだね、食べることしからすることがないからね」
Kちゃん 「良かったらレンタカー借り手、南部の方とか行きませんか?」
スーサン 「それ、いいね」

即決ですぐにレンタカーを借りた。

運転は僕がして、南部の方までドライブをした。

南部は那覇違って、沖縄っぽい。

やしの木やオレンジの瓦屋根の家も多くある。

車の中で手を握った。

南部を一周してから、一度那覇のホテルに戻った。

ホテルでキスをして、今日は女の子の日だから駄目と断られる。

それでも僕は必死に交渉を続けてキスを続けた。

Kちゃん「ダメだよ、ゴムないでしょ?」
スーサン「あるよ、友達のお土産で買ったハブドームっていうのが」
Kちゃん「準備がいいね、じゃぁシャワー浴びてからにしよ」

シャワーを浴びて、そのままエッチをしました。

性欲溜まってたし、久しぶりだったから気持ち良かった。

そして、昼間は道が混むので、渋滞が少ない夜のうちに北部の方へ行こうとゆう話になった。

彼女も一度、宿泊先に戻っり、僕もホテルを出る準備をした。

彼女からメールで「もう出れるよ、出れる準備できた?」とメールが入る。

駐車場で待ち合わせをして、北部の方までドライブします。

時刻は夜中の12時を過ぎていた。

スーサン「なんかさっきのメール中学生が内緒で抜け出すメールみたいだね(笑)」
Kちゃん「ホント、私もそう感じてワクワクしたよ」


2時間ほど車を走らせ、名護市の方までドライブした。

そして、コンビニの駐車場で一夜を明かすことにした。
2012-06-12

沖縄2日目

沖縄2日目

今日は国際通り、公設市場、首里城を観光した。

沖縄の雰囲気は近いからなのか、台湾によく似ている。



首里城は良かったね。


琉球は日本の文化と中国の文化を上手い具合に組み合わせている。

鎖国時代のヨーロッパ寄りの長崎のちゃんぽん文化とまた違う。

台湾によく似ているのは14世紀頃~の中国との貿易が関係しているのかもしれないね。

首里城3人組の台湾人に話しかけられた。

リュックに台湾のキーホルダーを付けいたからだった。

少し話しをした。

中国語で一緒に写真を撮ってくださいと言われて、一緒に写真を撮った。

国際通りにも台湾人が多かったな。



沖縄は不思議なところだ。

日本の雰囲気があり、中国の雰囲気もあり、台湾の雰囲気もあり、

アメリカの雰囲気もあり、少し離れてると南国だ。


今日はナンパをしていない。

夜は昨日のナンパした保母さんと会った。

昨日のメールの感じだと凄く好意的だった。

保育園の仕事が終わって家に帰ってシャワーを浴びてから、車で一時間以上掛けて来てくれた。

沖縄は暑いから、仕事していると沢山汗をかくだろうからね。


彼女のオススメの沖縄料理でご飯を食べた。

会話は僕に質問をしてこないから、そんなに盛り上がらない。

沖縄の料理は値段が安い。

彼女と沖縄の戦争の話になった。

天皇のせいで戦争が起きたのに、天皇は沖縄を捨てたと言った。

僕から言わせれば、彼女は戦争のことを何もしらないのだと思った。

多分誰かが言ったことを、そのまま言っているだけだろう。

戦争が起きたのは天皇のせいではないと説明した。

沖縄に住んでいる人は本土の人と戦争の認識が違う。
彼女の言い分は本土の人間は戦争の認識が甘いと言っていた。

沖縄の人は本土(東京)を内地(ないち)と呼ぶ。
東京の人のことを内地の人と呼んでいる。

沖縄の男は仕事をすぐ辞めるし駄目な男が多いと言っていた。


時刻は10時を過ぎた、彼女も明日仕事だし、勝負を決めるには今しかない。

車の中で彼女の手を握るつもりで触れた。

「なにっ」ってと強い口調で言われ、一瞬で払われた。

一瞬気まずい空気が流れた。

そのまま特に何もなく、ホテルまで送ってもらった。

もう次はないだろうなと思ったけど、飛行機の出発日に見送りに来てくれると言っていた。

車で一時間以上かけて来てもらうのは流石に悪いので無理しないでねと断った。

今日決めるつもりでいたので、今日はナンパしなかった。

甘えるのは駄目だ、明日から地道にナンパしよう。
2012-06-11

沖縄1日目

47都道府県の旅のラストの島へ

羽田から飛行機に乗り、約3時間掛けて沖縄へ

めんそ~れ沖縄に到着した。


晴れて全国制覇達成と言いたいところですが、沖縄を満喫して帰宅してからにします。

沖縄は関東と違って蒸し暑い、長袖で来て失敗した。

沖縄と言えば、
沖縄そば、サーターアンダギー、ちんすこう、米軍

コンビニにハブドームというコンドームがあった。

何かあったときの為に購入した。


ホテルにチェックインし、国際通りで声掛け開始。

30歳の保母さんと会話して彼女の車でドライブをした。

生まれも育ちも沖縄、沖縄訛りは好感が持てる。

那覇から北谷の方までドライブして、アメリカンなお店で食事した。

北谷のアメリカンビレッジの目の前にあるサンセットビーチへ

真っ暗で海が見えない、雨が降って来たので車に戻る。

車の中で体に触れるが、「大丈夫!」と避けられる。

この子はかなりガードが固い。

ちょっと話しを聞くと過去のトラウマで男性恐怖症らしい。

そんな子がよく僕なんかに付き合ってくれたものだ。

明日も彼女を誘ったら、仕事終わった那覇まで来てくれるらしい。

明日も会う予定、しばらくヤッてないから、別の子とそろそろヤリたいな。

でも明日一発決めるのはなんとなく難しいそうだな。

でも行けるとこまで行きたいね。
  
2012-06-10

いい経験

5月は12人と女の子とお茶をしている。

考えてみたら、凄いね。

仙台を含めると15人~16人の女性とお茶している。

路上で会話した子を含めると20人は超えている。

一回もエッチはしてないけれど、キスは2人だけした。

国籍や職業も違う。

フランス人、ベトナム人

大学生、フリーター

携帯会社勤務、ショップ店員、看護婦

無職の僕じゃ日常生活で会えないような子達と会うことが出来た。

12人の女の子のことを少しだけ知ることが出来た。

12人みんな違うし、12人の女の子から沢山の情報を貰って、また知恵がついた。

最近色んな人から、「色んなこと知ってるだね」ってよく言われる。

勉強なんかしていない、自分が好きだから知っているだけ。

ナンパして人から聞いている。

これも一つのいい経験。
2012-06-09

ボブの結婚

イギリス人の友人のボブが結婚した。

来月には赤ちゃんも生まれるらしい。

ピースボードの船で出会った女性と結婚した。

久しぶりにボブに会いに行って来た。

ボブも奥さんも凄く嬉しそうでした。

イギリスと日本のハーフが生まれる。

素敵だね、出発前に会うことが出来て良かった。

ボブ、おめでとう!



僕のまわりは結婚ラッシュだ!
2012-06-08

沖縄遠征

旅のラスト 沖縄へ遠征します。

6/11~14に行きます。

沖縄で47都道府県全て制覇です。

最後の締めは沖縄で、日本では当分ナンパは出来ないので

沖縄で思いっきりやろうと思います。

後、旅のブログですが少しづつ更新しています。

量が多すぎるので、少しづつ更新して行きます。

そして、6月24日に台湾へ旅立ちます。
2012-06-08

原発問題

ナンパブログには関係ないが、今日原発について語ろう。

今までこの話題は避けて来た。

去年の原子力発電所の爆発から全てが変わってしまった。

爆発により日本は非常に重たい問題を沢山抱えてしまった。

仕事を辞めてから、半年間原発についてや放射能について色々と調べた。

だが…

ハッキリ言ってどれが真実なのかわからない…

ある人によっては東京はチェルノブイリ級に汚染されていると言う。

自分の住んでいる千葉はもっと汚染されている言う。

もしかしたら本当にそうなのかも知れない。

5年後に被爆者が続出するとも言い切れない。

もしかしたら5年後、10年後、何もなく笑い話になっているかも知れない。

チェルノブイリの前例を見ればわかるとおり、放射能の汚染は本当に怖い。

だが、真実は時が経ってみないとわからないんだよ。

だから、今どうあがいても、その時になってみないとわからない。

もし本当に不安でしょうがないなら東京を離れて関西や九州に移住するしかない。

離れたい人は離れればいい。


僕が一番言いたいのは被害者意識の強い人が自分の周りにいる。

影響を受けやすい子供がいる女性ならばわかる。

mixiの原発コミュに入っているが、毎日のように更新される。

突然死続出のトピックでは突然死した人の名前がづらづらと書かれている。

中にもドラゴンアッシュのベースが突然死とある。

そもそも、突然死続出と言うが、原発事故前の突然死の統計を測っているわけでもないだろうに

何でもかんでも原発事故に結び付けて騒ぐのはどうかと思う。

それ以外にもJRで倒れた人がいて、それも原発が原因ではないかとコミュに書き込んでいる人もいる。


これこそまさに被害妄想ではないだろうか?


とある九州の人は東京に来たときに喉が痛くなったっと言った。

喉が痛くなって東京は住む場所ではないと言った。

その人は福島の農家の人間は日本のことを何も考えていないバカタレと言った。

その人は僕や僕の家族は千葉県産の米を食べて毒入りの米を食べていると言った。

九州は関東に比べて安全だろうに、何故そこまで被害者意識を持つのか。

彼は自分のことしか考えられないのであろう、日本のことを本気で考えているとは思えない。

先日メールが来て日本が土俵、水、食材が汚染されている。

原発推進にかじをきり日本は破滅に向かっていると言い出した。

今から英語を覚えてオーストラリアへ移住すると言った。

自分の国だろ?そんな簡単に破滅するの?

僕は話しあう気さえなれなかった、被害妄想だよと伝える気さえない。

その人の為に労力を使おうという気になれないのだ。

そうですか!頑張ってくださいと一言だけで終わらせた。

彼に何か言葉を言ってもダメなのだ。

言ったところで放射能に汚染されて地獄を見ればいいと思うだけだろう。

国が悪い、政府が悪い、東電が悪いって騒いでても何も起きないよ。

こうするべきだったっと今更言っても遅い、事故は起きてしまったんだから。

家で寝転がりながら批判することなんて簡単なんだからね。


被害の少ない九州の人間が海外に行ってどうするの?

日本でつながれない人間が、海外でつながれると思っているの?

君は過去から今現在も日本に守られて来てるんじゃないの?

そんな簡単に日本を捨てるの?

日本に対するありがたみや義理はないの?

日本で何も援助も受けず守られないで生きてみたらどう?

そんなことは絶対にしないよね。

オーストラリアは日本のようには守ってくれないよ。

いけばいいさ~。

ハッキリ言って日本ほど良い国はないと思う。

現状に感謝が出来ない人間はどこに行ったって同じさ。

そんな人を僕は守りたいたいと思わない、それは何処に行っても同じ。


仮に僕が5年後、10年後被爆したとしても彼の言うとおりにしておけば良かったとは思わない。

それは自分で選んで今千葉に住んでいるんだから。

もし被爆したとしたら、これは運命として受け止めるしかないよ。

覚悟は出来ているようで、出来てないよ。

もう時期に台湾へ行くけど、非難する訳じゃない、自分が行きたいから行く!

117さんに会いたいし、帰国後福島にも行くよ。


僕の意見としては原発はもう稼動させない方がいい。

新しいエネルギー開発に力を入れた方がいい。

日本が中心となって新しいエネルギー開発をして、それが世界に広がれば、

それが国益となり、世界に原発がない時代がやってくる。

だから原発にはもう頼らないほうがいい。

一時的に海外に行くけれど、僕は日本を捨てるようなことはしない。

日本が大好きだから、自分の国が一番だと思っているからね。
2012-06-03

長崎市 2日目

長崎市 2日目

今日で長かった旅も終わる。

まずは長崎を観光をすることにした。



時間があればナンパするかもしれない。

行きたいところが沢山あるので、無理かな。

路面電車の路線図を眺めていると、知らないお爺さんに話を掛けられた。

お爺さん「どこに行くんですか?」
スーサン「グラバー園に行きたいんですけど」
お爺さん「案内します、途中まで一緒に行きましょう」

耳が遠い80歳のお爺さんだったが、長崎の色々な話を聞かせてれた。

昔の長崎は外国人が儲けていた話や長崎の歴史を教えてくれた。

最後に握手をしたら、お爺さんの手がとても力強かった。

出島を見て感じたのは、まさにちゃんぽん文化。

ヨーロッパ文化と日本の文化がヘンテコリンに融合して美しさがない。

鍵さんが以前オールニートのニッポンのラジオで言っていたことを思い出した。

日本は鎖国をして良かった。

鎖国をしたからこそ、日本の素晴らしい浮世絵や歌舞伎などの文化が生まれた。
鎖国をしてなかったら、香港のようなちゃんぽんの文化になっていただろう

今になって深く感じた。

金沢や京都に行って、日本の美しい文化を見てきたから、それがよくわかる。


長崎は行く場所が分散していて大変だった。

結局ナンパできなかった。

最後に昨日ナンパしたノリちゃんに会いにいった。

ショップで働いている姿をみるとまた美しさがアップするね。

忙しそうだったので、話はできなかったけど、

驚いて嬉しそうな顔をしていた。


最後の締めは長崎ちゃんぽんを食べた。

3週間続いた一人旅もようやく終了しました。

楽しくもあり、過酷でもあり、再会があり、思いがけない出会いもあり、トラブルもあり、

もう二度と出来ないであろう最高の思い出となりました。

全国巡るのは僕の夢でもありました。

全国各地でお世話になった皆様に本当に感謝です。

旅のラストは沖縄、存分に楽しもう。
2012-06-02

長崎市 1日目

佐世保市から長崎市へ移動




長崎市と言えば
出島、ちゃんぽん、皿うどん、カステラ、原爆

到着したのが、夜の8時。

店も閉まっていて、そんなに人は歩いていない。

声掛け10人目

駅前で旅行のパンフレットを見ている女性

スーサン「めがね橋ってどこにあります?」
女性  「え、どこだったけな~?」
スーサン「学生さん?」
女性  「いえいえ、社会人です」
スーサン「若く見えるね、旅行とか好きなの?」
女性  「海外行ってみたいな~っと思って」
スーサン「どこに行きたいの?」
女性  「タイワン」
スーサン「マジで、おれ今月タイワンに留学するよ~」
女性  「へ~、凄い~」
スーサン「今からタイワンについて語りましょうか!良かったら、どこかでお茶でしない」
女性  「でも、終電が~」
スーサン「終電何時?」
女性  「9時30です」
スーサン「後、30分あるね、そこのベンチで話そう」

ベンチで40分ほど話をした。

名前 愛ちゃん

携帯の待ちうけが子供の画像だった。

旦那の話は出てこない、シングルマザーなのかな?

愛ちゃん「私すぐそこのショップで働いているんです、明日時間があったら来てください」
スーサン「わかった、明日時間作っていくよ。」


一人だとこーゆう何気ない会話が本当に癒やされる。

生きてて一番辛いことは人との繋がりがない、繋がれないことだと思う。

繋がりさえあれば自殺も防げる。そんな約3週間続いた旅も明日で終わる。

流石に疲れたし、そろそろ家に帰りたい。

明日も楽しもう。
2012-06-02

長崎佐世保

佐賀から長崎県佐世保市へ



佐世保といえば

佐世保バーガー、米軍、ハウステンボス

流石にハウステンボスは一人ではいかない。

駅から少し離れた商店街で声掛け。




声掛け6人目 

スーサン「こんにちは、この商店街の先は何があるの?」
女性  「何もないですよ!」
スーサン「学生?」
女性  「いえ、違います」
スーサン「まだ、若いでしょ?」
女性  「二十歳です」

しばらく雑談。

スーサン「近くにスタバがあるからお茶でもしよっか?」
女性  「あ、これから友達と会うんで!」
スーサン「じゃ、友達来るまでお茶しようよ、何時に来るの?」
女性  「多分、もうすぐ来ると思います」
スーサン「じゃぁ、とりあえず店に入ろう」

スタバでお茶をすることになった。

名前 ヨシコちゃん
 
この子近くで見ると、どう考えても男っぽい。
よく見ると腕が僕よりも太い、大工さんのような指。

以前ニューハーフと会ったことがあるから、なんとなくわかる。

この子は男なんじゃないのか?

胸は少しある、声は完全に女。

スーサン  「手大きいよね?」
ヨシコちゃん「私腕と指が太くて、よく男の人勘違いされるんです。」

スーサン  「高校の頃はどんな感じだったの?」
ヨシコちゃん「高校は楽しかったです、でも中学はいじめが酷くて」
スーサン  「え、どんないじめ?」
スーサン  「無視とか、靴を隠されたりとか、机に落書きとかされました。」
      「先生もわかってくれなくて、屋上から飛び降りて自殺しようと思いました。」

この子が苛められたのは男っぽいからだろうな。

金八先生に出ていた上戸綾のような感じだったんだろうな。

スーサン「僕もね、中学1年のときにサッカー部の1年のキャプテンと仲が良くてね」
    「あるときに喧嘩をして、 サッカー部全員にハブにされたことがあるんだよ」
    「今まで対等に話していた連中が、急に上から目線になって、本当に辛かったね」
    「こーゆうときに大人は我慢しろって言うんだよね、でもそーゆう問題じゃないよね」
    
    「ヨシミちゃんを苛めた相手もいつかわかるときがくるよ」
    「10代ってある意味緩い世代なんだよ~、10代で苦労しているヨシミちゃんは
    「20代、30代、40代でもっとよくなっていくよ」

ヨシミちゃん「私男の人が苦手なんです、苛めとかもあったから」
スーサン  「男が苦手なのに僕に付き合ってくれたのはありがたいね」


職業は病院関係の仕事と居酒屋関係の仕事を掛け持ちしているらしい。

ハッキリとは教えてくれなかった。

居酒屋関係というのが怪しいね?

ゲイバー?

この子の真相はわからない、男っぽくも見えるし、女っぽくも見える。

もしかしたら、男っぽい女なのかも知れない。

店を出て一緒に歩いているときに、股間部分を確認したが、モッコリしてる様子はなかった。

最後にハグをしてお別れした。
2012-06-02

佐賀

佐賀駅に到着。



佐賀といえば

シシリアンライス、芸人のはなわくらいしか思い浮かばない。

松雪康子と江頭2:50に謝ります。

佐賀ではナンパせず、シシリアンライスを食べただけでした。

個人的に佐賀よりもS・A・G・A!のイメージの方が強い。

佐賀でシシリアンライスがご当地グルメらしい。

海鮮も有名だけどせっかくだからシシリアンライスを食べてみた。

焼き肉の上にサラダがのって、サラダの上からマヨネーズを掛けただけのお味。

う~ん(T_T)って感じの味でした。




はなわの歌の歌詞にある、バス亭の名前が山下さん家前♪

実際にはないらしいね。
2012-06-01

福岡

前日に山口のリョウさん達に福岡の小倉まで送ってもらい

福岡に来るのは7年ぶり、見覚えのある景色が沢山ありました。

福岡の天神のカプセルホテルに学割で泊まった。

店員  「学生証はございますか?」
スーサン「忘れて来ちゃいました」
店員  「年齢確認するものはありますか?」
スーサン「ありますが、年齢××ですが、一応学生です」
店員  「…、まぁ今回だけは特別に…」

見事に学生で泊まれたのである。

翌日…

疲れとはまさにこのことか、長旅の疲れが一気に出たのである。

走りながら旅をして、走りながらナンパして、走りながら排泄をする日々…

何もする気がおきないのである。

まさに定年後のお年寄りのような状態になっていた。

今回福岡で10代の頃に付き合っていた元カノに会う予定だった。

残念ながらリョウさん達との予定を優先させてしまい、元カノと都合が合わず、会えなかった。

10代の頃ささえてくれた元カノに成長した自分の姿を一番見てもらいたかったから残念だ。


疲れても、せっかく福岡に来ているのだからナンパします。

 

天神で20人程ナンパをしました。

特に何もなし。

今日は冗談抜きで疲れている、

これ以上はやりたくないと思い、やめて休むことにした。

カプセルホテルに戻り休憩室の椅子に座り、6時間も寝てしまった。

激動的な長旅の疲れが出て今日は何も出来ませでした。

少しだけぶらっと街を歩いたけど、疲れてるせいか面白くない。

ホテルに戻ってからは明日のジョーのように無気力でした。

携帯を打つ気さえもない、まさに疲れとはこのことか。



声掛けが上手くいかないのは、自分のせいではない。

ただ縁がなかっただけ、だから気にする必要はない。
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