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2012-11-20

学び

人の嫌のところって絶対ある。

それを譲れるか譲れないか。

相手を変えようと思っても、それは難しい。

自分がそこで学ぶしかない。

相手のせいにして、相手を悪く言っても解決にならない。



例え話をすると、昨日蘭と会って疲れたんだ。

なんとも言えない疲労感だった。

蘭は会いたい、会いたいと言っておきながら自分から話そうとしない。

僕は途中で話す気がなくなってしまった。

自分が黙っていても、向こうから会話がないのはわかっていた。

向こうは一緒に居るだけで満足するかもしれない。

だけど僕は変化がないし、退屈で飽きてくる。


僕は男だから女の本当の気持ちはわからない。

相手から何かしてくれるのを待っているだけではダメ。

好きでも相手に望んでいるだけではダメ。

相手を振り向かせるようになにかしら努力する。

だけど、僕自身もこれを相手に要求するようではダメだ。

自分がそこで学ぶしかない。

こーゆうことをしたら相手が嬉しい。

こーゆうことをしたら相手が喜ぶ。

こーゆうことをされたら、相手も嫌がるだろうな。

相手を見て自分が学ぶしかない。

そうするしか方法がないよね。

相手のせいにして否定ばかりしてちゃ学びはないね。


今回あらためて積極的に話すことって大切なんだって気づきがあった。


相手の性格を変えることは難しい。


文句なんてほじくりだせば体のアカのように沢山出てくる。

そこは自分なりにいい方向へ変えていくしかない。

何事も前向きに考えるしかない。

何事も学びなんだ。
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2012-11-13

理論は必要ない

僕が始めてナンパしたの高校2年の冬。

初めは友達と一緒にノリでやっていた。

かれこれ10数年の月日が流れた。

一人で始めてやったのは19歳のとき、

親父にトラックを借りて一人でナンパしに行った。

初めは全く相手にされず、上手くいかなかった。

それだけ続いてるってことはやっぱり好きなんだな。

10年やってもナンパに答えなんて出ない。


思うことはナンパに分析は必要ない。

街で出て声を掛ける、ただそれだけ!

分析するだけ無駄だ。

参考書を見て解決できるもんでもない。

サッカーのように毎日練習したからって上手くなるようでもない。


ナンパは人間を相手にする行為。

人間の体内には60億もの細胞があるらしい。

それだけ人間って複雑。

姿、形、性格、雰囲気、オーラ全てが違う。

それを分析するのは不可能。

同じパターンなんてない。


僕とってナンパがない人生は退屈。

僕がナンパを辞めることは、この先ずっとないと思う

一時やらなくても、またやると思う。


2012-11-04

太鼓する心

最近気づいたことが一つある。

出会った最初の頃は「綺麗だね」「アナタは魅力的だね」と言う。

次第に言わなくなり、慣れてくると互いに全く褒めなくなる。

ただ一緒にいるだけで特別な会話もなく退屈な日々が続く。

釣った魚に餌をやらなくなるのだ。


僕の場合は特に今は「中国語が上手になったね」と言われたい。

女性に至っては常に「今日も綺麗だね」「アナタは魅力的」と言われたいはず。

しばらくするとこーゆう言葉もなくなってくる。

だれでも自分の良いところ褒められると嬉しいよね。

花に水をやらなきゃ枯れてしまう。



長い長い夫婦生活の中でも、こーゆう気遣いが必要なのかな。

お互いにいい関係を気づく為にまず自分から水をあげないとな。

お互いに声を掛けないと包括した夫婦生活になってしまう。

僕は結婚したことがないからわからないけど、

長い間、仲良くやっているカップルや夫婦はこーゆう気遣いが出来ているんじゃないかな。


いい悪い別して、自分の日頃の行いが自分に返って来るということだね。

ポイント稼ぐとかそーいうのを無視して、それが当たり前になればいいな。

やっぱり褒められたい。


毎回会う度に相手の良いところを一つ褒めてあげるのがいいね。

僕はやっぱり常に心が動かないと面白くない。


本当は相手のせいにするのが一番楽なんだ。

相手と一緒に居ても何か物足りない。

相手が自分のこと褒めないし、口数も少ない。

だけど、文句言ってるだけじゃ何も解決しない。

原因は自分にもあるはずだ。


本当に相手と合わなくて、相手を変えるにしても、

これを理解しているのと、していないのじゃ違うだろうな。

相手にやれるだけのことをやって諦めた人

何もしないで相手のせいにして別れた人

前者の方が学んでるよね。

相手の逆の立場になってみるとよくわかるわ。

自分のしたことがちゃんとに返ってくるってことだね。


喜んで貰えるように頑張れば、相手も喜ばせてくれるし、

自分が何もしなければ、何も起きない。

ただし、自分が何かしたからといって返ってくるとは限らない。

でも見ていてくれる人もいるし、返してくれる人は必ずいる。

その行いがなんらかの別の形になってご褒美となるはずだ。

中には与え続けてくれる人もいるね。

自分がどのポジションに立って接するかだね。


こんなこと計算じみた理屈じゃなくて、

これが損得勘定抜きして自然に出来れば相手に見返りも求めないね。
2012-04-16

伝わりますか。

時間が沢山あるので、つい最近法律関係の講演会に参加した。

そこで2人の講師が講義を行った。

一人目 組合員

組合員は様々な会社と戦ってきた経験地があり、

話がユーモアがあって特別面白い訳ではないが、説明が凄くわかりやすかった。

現場の状況や戦った様子が頭に思い浮かんできた。

わかりやすかったポイントは?目で見た情報、感じた状況をそのまま話していた。

二人目 弁護士

この日の為に特別に呼んだようだ。

「今日は特別に○○先生にお越し頂きました、皆さん盛大な拍手でお迎えください」と司会者が話す。

前に講義した組合員よりも優遇されている。

弁護士「それでは、お手元にある資料をご覧下さい」

資料を見ると文字が多く、聞いたこともない熟語やカタカナが羅列されていた。

講義が始まると専門用語を羅列し意味がわからない。

開始5分で「早く終わらないかな~」この講義が苦痛に感じた。
結局はこの人は何が言いたいのかわからなかった。

この弁護士は法律が無知の一般人のレベルで話さず、全て自分の常識範囲で話している。

この人は感性だけではなく、文字の世界で会話をしている。

まぁこれはこの弁護士に限らずに教師等にも同じような人はいるだろう。

教師にしろ弁護士にしろ医者しろ知識階級の人だ。

世の中の上層部の人は知的階級の人が多い。

世の中知的=モテるというイメージが蔓延しているようにも感じる。


両者の関係を考察してみた。

組合員と弁護士が仮にナンパに成功したとして、成功するのは組合員であろう。

いくら人よりも優れた知識があっても、伝わらなければ意味がない。


一方で知識を得ることは経験ではない。

一番は経験が伴って知識を得ることが望ましい。


ナンパもネットや書籍から得るものは少ない。

鍵さんのナンパ本は凄いと思うけどね。


でも実際にやってみて知識を得た方が得るものが大きい。

昔知り合いあったナンパ師でやたらと知的に話す人がいた。
モテるように無理して演じているんだろうなと感じた。


物事において知識だけでは使えないものが多いね。

言葉は伝わなければ意味がない。
2012-04-05

日本と西洋のナンパ

西洋人はナンパが上手そうなイメージがる。

日本人はどうだろうか?

日本人と西洋人のナンパの違いはなんだろう?

それについて考察してみた。

僕は日本にいる外国人しか知らない、ネイティブの事情は知らない。

外国に住んだ訳じゃないから、統計にもならない僕の個人的な考察だ。


今まで僕は日本で沢山の外国人と会って来た。

僕は出会った外国人にナンパをやったことがあるのか聞くようにしている。

よくやるという人もいれば、やった事がないと言う人もいる。

殆どの外国人はクラブでやる、路上でやったことがあると答えた外国人は今までいない。


以前クラブでアラブ系の外国人と一緒にコンビでナンパをやったことがあった。

その外人はいきなりハグしたり、手を繋いだり、手を引っぱたり力任せで強引だった。

無理やり腰を掴んで「やめってって言ってるでしょうが!」っと女の子は本気で怒って帰ってしまった。

罵声を浴びようがヘラヘラと平気な顔をしている。

今までその勢いでホテルへ何人もブッこんだらしい。

とてもじゃないが、僕はついていけなかった。


前の職場に居たスペイン人も、周りの目線をお構いなし職場の女性をお持ち帰りしようとした。

フェイスブックにも平気で沢山エッチしたと書き込んでいる。

クラブでナンパして、よくセックスしているらしい。


知り合いのフィンランド人もフェイスブックに堂々とラブホテルのベッドで女と撮った写真をUPしている。

500人も友達が居て、たいして親しくない僕に公開するんだから凄いよなって思うよ。


イギリス人も路上ナンパは一切しないけど、街中で会った人と会話して普通に友達になり、

後日ホームパーティーを開いたりして、そこでエッチまでしている。

他にも色々外人のエピソードはあるが、この辺にしておこう。

彼らはナンパをしなくても普通に一般の女性とセックスをしている。


西洋人は根本的に日本人と持っている性質が違うんだなと思う。


西洋人は日本人のナンパの概念が違うと思う。

言って見ればナンパという概念がない。

女がいるから、会話をすると感覚だ。


日本のごく一般的なナンパは個人の判断によるけれど、一つの形だと思う。

髪型を決めたり、シャワーを浴びたり、
街に出る準備をする、そして街に出て声を掛ける。

声を掛けるまでに「構え」がある。

「声を掛ける」ここまで来るのに覚悟もいるし大変な時間が掛かる。

西洋人と日本人では女性に対しての考えた方も違うのだ。


ここまで説明すると西洋人の方がナンパが上手いと判断になる。

日本人は西洋人に対してコンプクレックスを持っている。


だが「柔は剛を制す」ということわざがある。

西洋人は「剛」日本人は「柔」になるんではないか?と思う。


「ナンパ」という行為を追求することは西洋人にはできない。

物事を追求していこと、日本人の多くはそれが可能だと思う。

少しずつ積み重ねて自分のオリジナリティを出していく。


西洋人には最初から自分というスタイルがあり、合理主義でそれを崩すことはしない。

西洋人に限らず、アジアの中国や韓国もそうだろう。

ナンパの性質は西洋人には適わないかもしれないけれど、探求する力、マメさは日本人は西洋人よりも上だ。

それは物づくりでも証明されている。


今は他のナンパ師とは全く関わりがないけれど、多くの日本人は西洋人よりも可能性を秘めている。

西洋人と比べる訳じゃないけれど、日本人ならではの良さがあるんじゃないかな。
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